犠牲心で始める苦労は良いことがない




犠牲的な役割を担うことを良しとする人がいます。

やさしい気持ちが仇となって、人の問題まで背負い込もうとする人がいます。

けれど、辛い立場に居続けることはどんな人でも辛いものです。

だから「どうして私だけこんなに辛い目にあうんだろう」と考えてしまうんだよね。

 

例えば、休暇が必要なほど疲弊しているのに、会社から許可がおりないと思って無理して頑張ったりする。

余暇を楽しむ余裕はなく、たまにある休日も何もする気が起きない。

そうでありながら、「苦労すれば、いつか良いことがある」と考えて、自分を犠牲にしながら苦労を背負い込んでしまう。

あなたが成功するためには、努力を惜しんではいられないし苦労することも必要だと思っているかもしれません。

けれど、犠牲心から始める苦労では心が辛くなるだけで、幸せにはなれないんだよね。

「やりたい」「やってあげたい」と思ってすることなら見返りは求めないけれど、犠牲心から無理にすると「これだけやったのに!」となってしまう。

 

これだけ尽くしたのに、あの人は私を大事にしてくれない。

これだけ目をかけてやったのに、あいつは恩知らずだ。

これだけお金をかけたのに、あの子の成績が思ったより伸びない。

 

このように考えて、ストレスを溜めたり相手を嫌いになったりする。

自分を犠牲にすることが、そのまま愛情の深さであるわけではないと思うのです。

人に嫌われたくないからとか

居場所を失いたくないからとか

私の思うようにして欲しいからとか

心の弱い部分が動機となって、自己犠牲に向かわせているのかもしれません。

会社のため、相手のためと思ってやっていることが、本当は自分のためにやっているのかもしれません。

会社のためにと思って休暇もとらずに頑張って来たけれど、会社の同僚は○○さんが休暇を取ってくれたら休みやすいのにと思っているかもしれません。

休暇を取ってリフレッシュすれば、仕事の能率が上がり余裕が出来て人にも優しくなれるかもしれません。

 

自分を犠牲にするような苦労はやめにしましょう。

あなたが「やりたい」「やってあげたい」と思ったことで頑張っていけばいい。

自分を犠牲にすることで成り立っていたことを拒否することで人生の成功が始まる。

拒否をすることで、あなたを非難する人が出てくるかもしれない。

けれど、あなたに犠牲を求める人と仲良くする必要なんてないんだ。

自己犠牲による苦労はもうやめよう。

 

 

 

自己犠牲の精神で苦労をしてしまう人は、こちらの記事も参考になるかもしれません。

苦労なんてしなくてもいい(明るく楽天的に生きてもいいんだ)

「自分さえ我慢すればいい」は上手くいかない

耐え忍ぶことが努力じゃない

 

 

 

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