人生で負けたと思ったときに考えること

「人生で負けた」「今更どうしようもいよ」「どうしてあのとき頑張れなかったんだろう」こんなふうに思うことが人生にはある。

上手くいかない人生を悲観して、これからの自分はいったいどうなってしまうんだろうと思うこともあるでしょう。

けれど、本当に人生で負けてしまったんでしょうか?

今から頑張ってもどうしようもないことなんでしょうか?

過去に頑張れない時期があったら、これからも頑張れないのでしょうか?

今日は、人生に負けてしまったなと思っている人が、これからどうしたらいいのかについて考えてみたいと思います。

人生とは競争するものなのか?

人生で負けたと思ってしまうと、成功のレールから外れたと思って情けない気持ちになったり、誰からも必要とされていないような寂しい気持ちになる人もいるかもしれません。

なんだか未来の自分への道が閉ざされたように感じて、これからの人生に希望を持てなくなることもあるでしょう。

とにかく就職しないといけないのに、面接で落ちてしまって恥ずかしい。

結婚しろと親や親せきにいろいろ言われるのに、気が付いたら自分もいい歳になって結婚適齢期を過ぎてしまった…

こんなふうに僕達は、他人が自分をどう思うかを気にして人生に勝っているとか負けているとかを判断しがちです。

他人の目のことばかり気にして、他人の評価がそのまま自分の評価であるように錯覚してしまう。

自分がやりたいことをするんじゃなくて、他人がどう思うかで自分の行動や価値を判断してしまうんだよね。

けれど、人生でどんなふうに生きるかなんて本人の自由なわけで、こうでなくてはいけないという明確な基準があるわけでもないと思うんです。

世間一般が言うセオリーはあるけれど、それを守るために我慢するのは辛い人生になるのではないでしょうか?

そうではなくて、誰かと比較したり社会の価値観で行動しようとするのではなく、自分がどうしたいのかという気持ちを大切にたらいいと思うんだ。

他人があなたの人生の責任を持ってくれることはありません。

あなたの人生は、あなたのものなんです。

だから、あなたが自分の人生をどんなふうに生きようが、そこに勝ち負けなんて無いんですよ。

誰かと比較したり社会の価値観で行動しようとするから、勝った負けたが気になるんです。

大事なことは、自分が納得できる人生かどうかなのではないでしょうか?

不本意な結果は負けではない

どんなことでも勝ち続けることはできませんから、やりたいことをチャレンジして負けたと感じることもあるでしょう。

やってみたい業界の面接に行ったけど採用して貰えなかった…

オーディションを受けたけど、上手くいかずに落ちてしまった…

こんなふうに、いくら自分がやりたいことでも上手くいかないことがあったら落ち込んでしまうこともあると思うんです。

けれど、行きたかった会社に採用して貰えなかったのも、オーディションに落ちたのも、あなたが負けたわけではありません。

面接を受けたけど不採用だった、オーディションに落ちたという結果が出ただけです。

ここで負けたと思うと「もうダメだ」とか「向いてないのかな?」と悲観的に考えて次はどうしようと考える意欲が湧かなくなるかもしれません。

そうではなくて、同じ業界の面接を受けてみようとか、時間をかけて勉強し直してみようとか、今から自分の出来ることは何かと考えてやっていけばいい。

今日が自分史上最高の自分だと思って、明日はもうちょっとだけ成長しようと頑張ってみる。

その積み重ねが、自分が納得できる人生への道へ繋がるのだと思うのです。

自分のことを許すと人生が楽になる

僕達は、現代社会で上手に生きていくために自分で自分のことを縛ってしまうことがあります。

例えば、人に迷惑をかけてはいけない、人に役立つ自分じゃなくてはいけない、完璧じゃなくてはいけないと自分の行動にルールをもうけていき、「こうしてはいけない」「こうあるべきだ」と自分で自分のことを縛っていってしまう。

だからこそ、仕事で失敗したときや他人に迷惑をかけたときは、「なんてダメ人間なんだろう…」「こんなことも出来ない自分が情けない」と自己否定してしまい、気持ちが落ち込んでしまったりする。

あるいは、出来ない自分を「呆れられてしまったのでは?」「バカにされているのでは?」と他人のジャッジに敏感になり過ぎて振り回されてしまうということもあるでしょう。

誰だって人に迷惑をかければ申し訳ないと思うし、人に呆れられたいと思っている人なんていませんから、「なんとかしなくては」「このままではいけない」と考えて頑張り過ぎてしまうこともあるでしょう。

けれど、本当にあなたは出来ない人間なんでしょうか?

人に呆れられるような情けない人なんでしょうか?

こういうときって、自分の努力不足や環境に問題があるように考えがちですが、本当は自分で作ったルールや現状の誤った認識に振り回されているだけだとしたら、なんだか人生損していると思いませんか?

世の中には完璧な人なんていませんから、失敗することもあれば、精一杯の努力をしても上手くいかないこともあります。

そうでありながら、自分のことを「ダメな奴だ」「情けない人間だ」と罵るのは自分で自分をいじめているようなものではないでしょうか?

社会で生きていくには様々な制約がありますから、思うようにいかないこともありますし、価値観の違いによって他人から批判されることもあるでしょう。

けれど、僕達に出来ることは自分に出来るベストを尽くすことしか出来ません。

他人のジャッジや自分の決めたルールに振り回されていては、人生を楽しむ事は難しくなってしまいます。

だから、自分で自分のことを許してあげることって大切なことなんですね。

あなたは、何か失敗したり上手くいかないときは「いつも失敗ばかり…」「何をやっても上手くいかない」と、一度の失敗や出来事を悪いように一般化していませんか?

「いつも失敗ばかり…」 →「失敗するときもある」

「何をやっても出来ない」 →「上手く出来ないこともある」

こんなふうに状況を客観的に見て、自分で自分のことを許してあげよう。

自己否定してばかりいては、状況を改善しようとする意欲を持つことができませんし、他人の好意を素直に受け取ることが出来なくなってしまいます。

そうならないためにも、あなた自身が自分を許してあげることで、自分の気持ちを楽にしてあげよう。

大丈夫。

そんなに自分で自分のことを責めたりしなくていいんだ。

どうにもならなくて逃げ出したくなったら

人生には自分には解決できない問題のように感じて、何もかもを投げ出して逃げたくなるときがありますよね。

これからどうしたらいいのか、わからなくなって不安な毎日を過ごしたりする。

こういうときに、人に迷惑をかけてはいけない、自分のことは自分でやらなきゃいけないとひとりで悩みを背負っていては、気持ちが追い込まれていってしまうでしょう。

悩んでいるときって心に余裕がなくなって視野が狭くなっているから、どうしたってネガティブに考えてしまいがちです。

ああなったらどうしよう。

こうなったらどうしよう。

ネガティブな考えがグルグルと頭の中を回り、嫌な気持ちがいつまでも続く。

だんだんと問題が自分では解決できないような巨大なものに感じてきて、逃げ出したい気持ちになってしまうこともあるでしょう。

だから、悩みがあるときは一人で悩まないで、誰かにたよろうとしたり、いざとなったら誰かに相談してみようと思うことって大事なことなんですね。

いざとなれば助けてくれる人がいる、相談に乗ってくれる人がいるんだというような、心のお守りを持ってみよう。

同じ悩みがある状況でも、心のお守りがあれば気持ちが随分違います。

人にたよることを自分に禁止しないで、信頼できる人をたよってみよう。

大丈夫。

あなたを守るお守りは、きっとあるから。

一人になんてならないでね。