幸せな人生の選びかた

僕達は偶然起こった辛い出来事に「何か意味があるんだろうか?」とか「私のせいで」とか考えて、出来事そのものに意味を持たせようとします。

それは、現代医療では治すことが出来ない辛い病気かもしれないし、事故で怪我をしてしまったことかもしれません。

そんなとき僕達は、どうして私だけこんなに辛い思いをするんだろうと思ったり、どうしてこんなに酷い目にあったんだろうと思ったりするんだよね。

こんなに辛い思いをする自分のことが可哀そうに感じたり、不幸になった理由は自分に責任があるように感じることもあるでしょう。

けれど、たまたま運が悪くて起こったことだったり、偶然起きたことを自分の責任にしてしまったり、どうして私だけと嘆く人生は辛い人生だと思うんだ。

人生で辛いことがあれば、誰だって簡単に受け止めることが出来ないものですよね。

自分の将来に絶望して、「もう、いいか…」「疲れたな…」と感じて、生きることさえ諦めてしまいたくなるかもしれません。

私は病気だから「これが出来ない」「アレも出来ない」と考えて、「どうして私だけが」と自分のことを嘆いてしまいたくなることもあるでしょう。

けれど、私は病気だからとか怪我があるからといって絶望するのも、病気も怪我も受け入れて人生を楽しもうとするのも、どちらも自分で選べることなんです。

辛いことがあったときは辛いと感じるのは自然なことなんだけれど、その後の人生を幸せにするために起きた出来事をどう捉えるかは自分次第なんだよね。

フジモフも社会人になりたての頃に耳の聞こえが悪くなって病院に行ったら、医師から「これから徐々に耳が聞こえが悪くなり、ほとんど聞こえなくなる」と言われたときは、頭が真っ白になって何も考えられなくなりました。

家族や友人とさえコミュニケーションをとることが困難になると考えたら、これからの人生を絶望的に考えて、生きていく気力さえ失いそうになったんです。

けれど、何を持っているか、何が出来るかばかりに注目していたら、「コレも出来ない」「アレも出来ない」と考えて、自分の人生を嘆いてばかりになってしまいます。

嫌だ嫌だと嘆いていても自分はこれで生きていくしかないわけだから、今の自分を受け入れて自分をどう活かすのかを考えるようになったんです。

辛いことがあったときは辛いと感じるのは自然なことです。

けれど、「私だけがなんで?どうしてこんなに辛い思いをなくちゃいけないの?」といつまでも執着していても辛くなるだけだよ。

大切なのは自分が持っているものをどのように捉えて、どう活かそうとするかということなんだ。

どんな自分であっても、人生を悲観的に考えて楽しむことを否定するのは勿体ないよ。

これからの人生を幸せにするのか不幸にするかは自分の捉え方次第なんだから、辛いことに注目するのではなく、これからの人生を楽しむことに注目していこう。