「自己犠牲」をやめると上手くいく




人目を気にして誰かに気を使いすぎる生き方は、誰にとっても辛い生き方だと思うのです。

僕達は、自己中心的に生きることは「わがまま」であると考えて、みんなのために「自己犠牲」的に行動をすることを良いことだと思いがちですが、イヤイヤな気持ちで無理に行動するのは自分のためにならないのではないでしょうか?

また、されるほうからしてもイヤイヤやっていることが分かったら、申し訳ない気持ちになって居心地が悪くなってしまうでしょう。

自己中心的すぎるのも問題ですが、自分が思う「わがまま」を我慢し過ぎてイヤイヤ行動するのも同じように問題なんだよね。

誰かのために行動することは悪いことではないのですが、それが自己犠牲の精神から起こす行動なら辛いものとなってしまいます。

「わがまま」は、どこまでが許されてどこまでが許されないというような正解があるものではないですから、「みんながどう思うか?」ではなく「自分がどう思うのか?」というような、自分らしくいられることを基準にするしかないんだよね。



よく聞く言葉に「人を幸せにすると自分も幸せになれる」というものがありますが、イヤイヤ無理にやっていたら嫌な気持ちにしかなりません。

誰だって嫌なことを無理にやっていたら、それが客観的に見て良いことであっても辛くなるのは当然のことです。

だから、「自分がやりたいからやるんだ!」というような、「自己中心的」な考え方で行動することって大切なことなんですよ。

私が我慢すればみんな助かると思って行動すると辛くなってしまうけれど、みんなの笑顔が見たいからと行動すると嬉しくなるんだよね。

例えば、誰かの誕生日にサプライズでお祝いをしたり、家族に美味しい料理を食べてもらおうと手間暇かけて作ったり、自分がやってあげたいと思ってやったことなら「喜んでくれるかな?」と思いながらウキウキした気持ちで頑張れます。

これが、嫌いな人のために「やらなくてはいけないこと」をイヤイヤやっていたら「どうして、私がこんなことしなくちゃいけないの!」と辛い気持ちになってしまうでしょう。

自分らしくするということは、そういう素直な気持ちに正直になることなんだよね。



どんなことにも、行き過ぎてしまうと上手くいかないものです。

人のために努力しようとし過ぎると、自分を犠牲にしてでもと考えてしまいがちですが、それでは自分が苦しくなってしまうでしょう。

だから、みんなの笑顔が見たいからというような「人に優しい気持ちで接することが出来る範囲で」行動することが大切なんだよね。

「わがまま」が、どこまで許されるかなんて質問に正解はないから、「みんながどう思うか?」というような他人本位の基準で決めるのではなく「人に優しい気持ちで接することが出来る範囲」でやったらいいんだ。

自分を犠牲にしてでも、みんなに喜んでもらおうなんてしなくていい。

あなたの「わがまま」の範囲は、他人がどう思うかではなく、あなた自身の気持ちが教えてくれるから。





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